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まだしばらくはAIができそうにないこと

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はじめに

AI関連事業を担当している西です。
 昨今において生成AIに関する話題は尽きることがありません。「AIがついに○○ができるようになった」「AIに仕事を奪われる」「AIはこんなミスをする」——こうした議論は日々更新され、数ヶ月ごとに新しいモデルが発表されるたびに、できること・できないことのリストが書き換えられていきます。

しかし私は、こうした議論に何か物足りなさを感じています。個々の能力の有無を論じる前に、もっと根本的な問いがあるのではないか。それは、今の生成AIがどのような構造の上に成り立っているのか、という点です。

現在の生成AIは、基本的に「一つのインプットに対して一つのアウトプットを返す」という構造で動いています。ユーザーが質問し、AIが答える。指示を出し、結果を受け取る。マルチモーダルでも何でも、基本的にはこの一対一の対話構造こそが、生成AIの可能性と限界の両方を規定しているのです。にもかかわらず、この構造そのものに基づいた議論はあまり見かけません。

そこで、この構造的な観点から、生成AIが「まだしばらくはできそうにないこと」について考えてみたいと思います。


生成AIが得意なこと——1対1で完結する仕事

まず、生成AIが力を発揮する領域を整理しましょう。

顧客からの問い合わせに答える。指示に従って文書を作成する。決まった手順でデータを処理する。プログラムコードを書く。これらに共通するのは、相手が一人(または単一の依頼主体)であり、その相手のために最善を尽くせばよいという点です。

依頼者の意図を汲み取り、正確に、効率よく、期待に応える。この種の仕事において、生成AIは急速に人間のレベルに近づきつつあります。指示の出し方も、厳密なプログラミング言語から自然言語へ、さらにはイラストや図解へと、抽象度を上げながら対応できるようになってきました。

「AIに仕事を奪われる」という不安の多くは、この領域に向けられています。そしてその不安は、相当程度、的を射ている。


生成AIが苦手なこと——多対多の間に立つ仕事

では、生成AIが構造的に苦手とする領域とは何か。

それは、利害の異なる複数の関係者の間に立ち、調整し、合意を形成する仕事です。

私はITコンサルタントを生業としていますが、実際に求められるのはIT技術や知識そのものよりも、多数のステークホルダーの間に立つことのほうが多いといった状況があります。彼らの事情を汲み取り、時にリーダーシップを発揮し、落としどころを探る。営業部門と製造部門、経営層と現場、発注者と受注者——それぞれが異なる利害を持つ中で、全体として前に進むための道筋を作る。

この種の仕事には、1対1の対話構造では対応できない本質的な困難があります。

第一に、情報の非対称性を戦略的に管理する必要があります。Aさんには言えてBさんには言えないこと、今は伏せておいて後で明かすこと、誰にも明示的には言わないが全員が察することを期待すること。調整者は、こうした「情報の出し入れ」を、全体の利益のために設計しなければなりません。

第二に、「誰の味方でもない」という立場を取る必要があります。現在のAIは、対話している相手に対して誠実に、透明に、その人のために最善を尽くすよう設計されています。これは倫理的には正しいですが、調整者の役割とは相容れない。全員に対して等しく誠実であろうとすると、逆に誰からも「自分の味方ではない」と見なされるリスクがあります。

第三に、合意形成における「演出」の問題があります。落としどころが見えていても、各者が「自分も納得して決めた」と感じられるプロセスを経なければ、合意は成立しません。この「結論に至る道筋のデザイン」は、極めて人間的な技芸であるといえます。


なぜモデルの進化では解決しないのか

「でも、AIはどんどん賢くなっている。いずれはできるようになるのでは?」

そう思う方もいらっしゃるでしょう。確かに、数ヶ月ごとに発表される新モデルは、より長い文脈を扱え、より正確に推論し、より多くの知識を持つようになっています。しかし、これらの改善は本質的に「1対1の対話をより上手にこなす」という方向のものであり、構造そのものを変えるものではありません。

多人数の間に立つAIを作ること自体は、技術的には可能かもしれません。複数のセッションを統合し、各関係者の発言や利害を俯瞰する仕組みは構築できると思われます。しかし、たとえ技術的に実現可能であったとしても、それは現在の技術水準では想像もつかないほどのトークンを消費する活動になるでしょう。関係者一人ひとりの発言、その背後にある意図、過去の経緯、組織内の力学、言外のニュアンス——これらすべてを文脈として保持し、処理し続けることの計算コストは極めて膨大です。逆に考えれば、人間の調整者がこれを日常的にこなしているという事実は、もっと高く評価されてよいと思います。

そして、仮にコストの問題を乗り越えたとしても、それを「誰のために、どういうルールで運用するか」という問いが残ります。これは技術ではなくガバナンスの問題であり、人間社会がまだ答えを出していない領域なのです。そして皮肉なことに、そのガバナンスの合意形成こそが、まさにAIではなく人間の調整者を必要とする仕事となってくるでしょう。


「AIに奪われる仕事」の正体

ここまでの話を踏まえると、「AIに仕事を奪われる」という漠然とした不安に、より明確な輪郭を与えることができると思います。

人間の仕事は、大きく二つに分けられる。1対1で完結する仕事と、多対多の間に立つ仕事です。前者は生成AIに代替されつつあり、後者は当面、人間の領域として残る。不安の正体は、自分の仕事がどちらに属するのかが見えていないことにあるのではないでしょうか。

そして、後者の能力「複数の立場を俯瞰し、矛盾を抱えたまま全体を前に進める力」は、今後むしろ希少価値を増していくでしょう。それは生成AIが苦手とする領域であると同時に、人間社会において常に必要とされてきた能力でもあるのです。


おわりに

生成AIは、近い将来1対1のコミュニケーションにおいて人間を超える日が来るかもしれません。しかし、多人数の利害が交錯する場で均衡を見出す仕事は、AIの構造的な限界の外にあります。

これは「AIにはできない」という消極的な話ではない。むしろ、人間が担うべき仕事の核心がどこにあるのかを、AIの登場によって逆照射されているのだと思います。

では、複数の立場を俯瞰し、矛盾を抱えたまま全体を前に進める力を、どうすれば身につけられるのか。私は、その土台には共感性があると考えています。相手の立場に立てること、感情を理解できること。そしてそのためには、自分自身が日頃から感動する経験を積み重ねることが大切になるでしょう。心が動かされた経験の蓄積が、他者の心の動きを想像する力につながってくるのです。

この点については、またいずれ書いてみたいと思います。

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